家庭教会は摂理的な内的基盤

 一 家庭教会とは何か

皆さんは「ホーム・チャーチ」という言葉を聞いたことがありますか。家庭教会というのでしょう。ところで家庭教会というのは、昔はいくら家庭教会という名詞を知っていたとしても、事実それを迎えることはできなかったのです。なぜでしょうか。時が来ていなかったからです。そのような蕩減条件が、歴史の前に神様とサタンと歴史を代表した責任者との決定がなされていなかったので、いくらホーム・チャーチに入って、「これを世界の祭壇に完結させて捧げます」と言っても受けることができないというのです。サタンも認定しないというのです。

今、全世界の統一教会で、家庭教会活動が展開されています。堕落した人間たちは、個人復帰から世界復帰まで、先生のように一生を、犠牲の道を通じて天国に行かなければなりませんでした。
しかし、今は先生が築いた道に従っていけばいいのです。もう先生は、皆さんが走ることのできる道をつくってあげました。皆さんは先生が築いておいた道を蕩減復帰する条件を立てて、出発することができます。それが三百六十軒を中心とした家庭教会活動です。

皆さんが今年から家庭教会活動ができるという事実は、驚くべきことです。これは人間が堕落の運命を抜け出すための運命的な道であり、生きてできなければ、死んででも行くべき道です。もう個人から氏族、民族を天の国民として編成させる時になったので、統一教会はこの全歴史のすべての結実を総合して、一つの勝利的祭壇を築かなければなりません。そのようなことを担当するために出てきたのが、家庭教会活動なのです。
自分の息子、娘よりも三百六十軒のカイン世界を愛さずしては、入り得る道はありません。神様は、数千年の間、言い表すことのできない難しいこの道を築いてきましたが、私たちは七年間、三百六十軒を中心として活動し、勝利の条件を経ることができるのです。このような家庭教会の基盤が、皆さんの目前にあるので、皆さんは行かざるを得ません。これは歴史的なすべてのことを網羅して、この世界を代表した神様の理想的完成であり、今日人類がやるべきこととして、登場し得る家庭教会となるとき、間違いなく地上天国が実現されるでしょう。

家庭教会とは、三百六十軒を中心とした祭壇を設定して、その家庭教会の祭壇に属した家々を神様のみ旨の中に、立ててあげる活動です。このように三百六十軒を中心とした家庭教会を実践し、完成する人は、個人的には神様の真の子女になると同時に、宗族的メシヤになり、全体的には神様の創造理想を実現することになるのです。

先生が百余国家のすべての蕩減条件をみな立てて、天地にふさがれた壁を心情的基準で連結させたので、皆さん自身もそのような世界を縮小した型を中心として蕩減条件を立てて、現時点において、天と地に壁がふさがらない、自分自ら動くことのできる基盤を築いておかなければなりません。それが何かといえば、ホーム・チャーチ(家庭教会)だというのです。

先生は今まで父母の名前をもって全世界の人類の前に、万民が個人、家庭、氏族、国家、世界、神様にまで、行くことのできる蕩減条件を代表的に立てておいたのです。代表的に立てて、勝利したので、この勝利の名前でそれを一〇〇パーセント相続して、皆さんが七年路程を経て、行かなければならないのです。先生が一生の間、世界の舞台に成し遂げたことを皆さんはできますか。ですから世界舞台を縮小した足場、祭壇が必要だというのです。それがホーム・チャーチだということを知らなければなりません。家庭教会……。分かりましたか。

統一教会が歴史上初めて、家庭教会という主題を立てることができたという事実は、神様の前にも人間全体の前にも、極めて重要なことだという事実を知らなければなりません。

先生は、世界的に勝利しました。皆さんはわずか三百六十軒を中心とした家庭教会で勝利することができないのですか。

皆さんが家庭教会活動をするのは、神様の代わりに、真理の教育と愛の教育をしに行くのです。家庭教会を通じて父なる神様の愛と真理を教えなければなりません。

皆さんは神様にどこで出会えるのでしょうか。レバレンド・ムーンは、世界の蕩減基盤を中心として各国で、汗と涙を流す闘争の中で、勝利の土台を立てるところで神様に出会うことができましたが、皆さんは父母様の名を通じて勝利のそのすべてのものを相続し、皆さんが世界の舞台には行かなかったとしても、「世界に行った」と言うことのできる、そのような条件を成就したということが必要なのです。それが何ですか。家庭教会です。

そこが、万国の解放された家庭の出発地点です。堕落していない本然的なアダム・エバの理想的な真の愛と真の生命の出発が宣布されたところだというのです。これを編成するために、先生が宗族的メシヤを宣布したのです。イエス様が家庭を求めてきたでしょう。ホーム・チャーチを知っているでしょう。カインの一族、アベルの一族が一つにならなければなりません。イエス様でいえば、ヨセフの支派と洗礼ヨハネの支派が一つになって、家庭を成さなければなりません。そのように家庭が策定されなければならないというのです。そうすればサタンが侵犯できません。そのようにして、宗族的メシヤの前に、イエス様の前に、すべての一族が抱かれることによって初めて、イスラエルの国で失敗した家庭本然の基準が、堕落していない基準へと復帰されるのです。

家庭教会の完成とは何ですか。新たな文化創建を主導する、アダム文化を再編成することのできる主人になれということです。そうしてこそ、アダムの後孫になるでしょう。それでは何が中心なのでしょうか。心情的基準が中心です。それではその心情とはどんな心情なのでしょうか。神様が皆さんを見つめるとき、心の中に「お前は堕落した。復帰された息子ではない」という、そのような堕落したという観念を感じないで、「我が愛する息子よ」と言うことのできる立場に上がらなければなりません。「あの野郎、あの統一教会に入って、ろくでもなくあんな姿で歩き回り、あっちに行ったりこっちに行ったり、どじょうの子、うなぎの子のような姿で」などと言われてはなりません。

世界がまだ私たちの教会化した天国基盤になっていないので、家庭教会の組織を通じて、先生が四十年の間、蕩減条件、神様の愛を中心とした所有決定的権限を完全に編成し、勝利したという印を押さなければならないのです。サタンが公に認めた立場で「勝利しました」と言い得る決定をしてこそ、愛する父母は、愛の勝利の所有決定権を皆さんの前にすべて相続してくれるのです。それは真の父母という名前をもったがゆえに、皆さんが相続することができるのであって、そうでなければ相続することができないのです。

皆さんはホーム・チャーチをしながら、ありとあらゆる人にののしられなさいというのです。冷遇されなさいというのです。冷遇されるたびに、自分が冷遇されるときは、ただされるのではないのです。私が冷遇され、ののしられるのは、なぜかと言えば、妻を生かすために、息子、娘を生かすために、そうするのです。息子、娘を抱き締めて、妻子を抱き締めて、夜を明かしながら、止めどない涙を流さなければなりません。「これはどうしたことか。この道を行くのにこのように反対できるのか」と言って涙を流すのは、悲惨なことではありません。この世で涙を流すすべての悲痛な人々よりも、切なる天の価値のために涙を流す立場に立ってこそ、これが谷となり、この世から流れて入ってくるのです。そうしてこそ同情して、一つに絡み合って出てくるのです。

私が統一教会をつくって、統一教会に残してあげた宝があるとすれば、これです。家庭教会は、私が一生の間、犠牲の道を歩んで残してあげた宝です。統一教会の教会員たちに残してあげられる宝とは何でしょうか。統一教会の権限を天と地から、あるいはサタンと神様から堂々と相続することができるという、これが宝です。それでは家庭教会が完成するときは、統一教会という名詞があるでしょうか、ないでしょうか。神様の摂理はあるでしょうか、ないでしょうか。私以外の家庭教会未完成圏では、あるかもしれませんが、私自体に成された家庭教会圏内では、神様の摂理も宗教もありません。そこは天国人が住むところです。

皆さんは今、父母の代わりに働くことのできる時代に入ってきたということを知らなければなりません。皆さんが代わりにしなければならないこととは何かといえば、先生がやったことを繰り返すことです。ところで、先生が世界の舞台でしたことを、皆さんは全世界的に歩き回りながらはできないというのです。ですから、制限された一つの祭壇のようなところでしなければなりません。世界を歩き回りながら祭祀をして、連結させたすべてのことを縮小した一つの祭壇、世界全体の人類を代表して拡大されたそれを縮小した祭壇でしなければなりません。皆さんのそのような活動的蕩減内容が必要なので、そのような形につくっておいたのが家庭教会です。

蕩減したすべてのことを皆さんが先生から受け継がなければならないのに、ただでは足場がないというのです。祭壇がありません。このような世界的祭壇をつくって、勝利したこのすべての祭壇から祭物を移すとすれば、自分なりに祭壇を築いてこそ、祭物を移すことができるのです。その祭物を移しておいたのが、何かと言えば、家庭教会だというのです。分かりましたか。
家庭教会は、皆さん自身が完成できていないことを完成させてあげるものなので、世界を越えて帰ってこなければなりません。世界に行って蕩減条件を経て、このことをするのですが、それを縮小したものです。これを縮小して先生の福を引き継ぐことのできる祭壇です。祭物は祭壇を築いて、大きな祭壇から小さな祭壇に移さなければならないのです。祭壇は血を流すのです。ホーム・チャーチとは何ですか。チャーチというのは、まだ祭壇を築いて血を流さなければならないのです。先生が築いた祭壇を受け継ぐための小さな祭壇として、世界史的な苦労をしたのです。
神様はどれほど苦労したでしょうか。先生はどれほど苦労し、イエス様はどれほど苦労したでしょうか。このすべての苦労と労苦によって勝利の祭壇をもってきたものを皆さんが引き継ぐためには、皆さんも祭壇を築かなければならないのです。そうしてこそ引き継ぐことができるのです。それがホーム・チャーチです。

家庭教会はどこからですか。ゲッセマネの十字架の絶頂からしなければならない、こう考えます。ゲッセマネ……。それは何のことか分かりますか。さらにはゴルゴタの山頂から始まるというのです。考えてみてください。イエス様がそのゴルゴタ、ゲッセマネの園で死ぬとき、同情した人は一人もいませんでしたが、私が死のうとするとき、数多くの人々が同情することのできる基盤、環境をもってから死ねるということが、どんなに幸せなことかというのです。皆さんが死ぬとき、逃げ出すペテロではなく、皆さんの代わりに「私が死にます」と言うことができる群れを地上でもつことができる自由な環境をもったという、このような事実を考えて、このような歴史的伝統を蕩減すると考えるのです。

ここに来ては、みな先生にだけついていこうとするのです。「自分の言うことだけ聞け」と言って、自分は「何、ホーム・チャーチは嫌だ。先生の行くところにだけ行こう」と言うのです。それはいけません。
いくら父が大統領でも、父のそれをただそのまま自分が引き継ぐことができるでしょうか。大統領になるためには、大統領になる基盤を築かなければなりません。いくら皇太子として生まれたとしても、王になるためには、王になることのできるすべての法度と規範を習わなければなりません。備えなければなりません。それで皆さんは、口だけではなく、これから人類歴史最後の路程に父母様の言うことを一つ聞けば、神様が「お前は孝子だった」という印を押して、天の国の孝子として天国に送ろうというのです。これはどれほど驚くべき愛でしょうか。その基盤とは何ですか。家庭教会という基盤です。
それでは皆さんは、天の国の孝子として行きたいですか。ならず者として行きたいですか。孝子、孝女として行きたいでしょう。ホーム・チャーチを通じずには、孝子、孝女の印をもらう道がありません。天国は、孝子が入るのです。
息子は息子でも、ならず者は入ることができません。孝子の名前をもって行かなければならないので、孝子の名前の印を押してもらうためのもの、それが家庭教会です。

統一教会の指導体制が、もう今は私が引っ張っていく時が過ぎたというのです。平面的拡大時代になったので、家庭理想をもった自体の氏族を中心として拡大すれば、世界は自然に復帰されるのです。その氏族拡大の方法とは何かというと、統一教会でいういわゆるホーム・チャーチだというのです。このような総決算的公判の場ができたというのです。

二 家庭教会活動の始まり

一九七八年十一月十二日を期して、皆さんすべてをメシヤの資格者として、ホーム・チャーチの区域に出ていけと命令したのです。どうしますか。出ていこうという人、手を挙げてください。それでは、これからそこに出ていくのです。家庭教会をつくるまでは、帰ってくることができないということを知らなければなりません。死ぬまで帰ってくることができません。霊的に帰ってくることができないのです。

イエス様は死んで昇天するとき、ペテロに天国の鍵を与えましたが、レバレンド・ムーンは生きて、天国の鍵を与えるのです。個人のために与えるのではなく、氏族を救うための鍵を与えるのです。個人の救いをさせる人ではありません。皆さんはメシヤになるのです。家庭教会のメシヤ。これは空論ではありません。地でなされることはそっくりそのまま霊界でもなされるようになっているというのです。ですから、この宇宙のダイヤモンド鉱山のようなところで、誰がこの鉱山口でたくさん掘り起こすのかということが、皆さんの努力いかんにかかっています。この宇宙のダイヤモンド鉱を統一教会の教会員たちが探し当てるのです。ホーム・チャーチで探し当てるのです。誰がたくさん見つけるでしょうか。分かりましたか。大変なことです。

これまで宗教は、自分一人が救われようとしたのです。私一人がどうやったら救われるかという個人の救いを標準にしてきたというのです。私たちは個人の救いではありません。氏族の救いを一度にやろうというのです。皆さんゆえに氏族が救われ、その三百六十軒が救われるのです。
このようなことは、宗教の歴史上にもなかったし、人類歴史上にもありませんでした。このような一つの事件が始まったのです。宗教がいつ結婚しろと教え、宗教がいつ親と一緒に暮らせと教えましたか。そのように教える法がどこにありますか。初めて出てきたのです。初めて、皆さんが一緒に家庭教会を中心として……。家庭教会というものは、同じ運命にあるということです。共に栄えることのできる全体の救いの基盤を与えられ得る大変な、時代になったというのです。このように大きな世界的な三段階が、家庭教会によって短縮されます。短縮されるのです。

皆さんの前に、先生が家庭教会の基盤である三百六十軒を分けてあげることができたというのは、歴史的な希望の日であり、宗教が希望してきた終着点であり、神様の摂理の終着点となるのです。サタン世界で今まで確保しておいたサタンの基地が完全に撃破され得る出発の日となるのです。もし先生が家庭教会を発表できなかったならば、歴史は悲惨な運命の歴史として終わっていたことでしょう。家庭教会というタイトルは、皆さんにとって無限の福です。歴史過程に数多くの王がいたし、数多くの大富豪がいたし、数多くの学者がいたし、有名な人がいましたが、それがすべて問題ではないというのです。皆さん自身が「たとえ私は卑しい身であっても、たとえ無価値な身であっても、私が生きているうちに先生からホーム・チャーチという名前を中心として、私に伝授してもらえる」という事実は、驚くべき事実であることを知らなければなりません。

父母を探すと同時に、天使世界も探さなければならないし、サタン世界も探さなければならないというのです。神様も探さなければなりません。ここで、これがみな決まります。それで今度日本へ行ってもイギリスに行っても、みなこれから行くべき道はホーム・チャーチ、すなわち家庭教会です。それが何かと言えば、家庭天国だというのです。それで三百六十軒全部が皆さんをメシヤのように侍ることができ、皆さんを真の父母のように侍ることのできる基盤を備えて、一つにし、神様の前に奉献したという事実は、全世界を通じてサタンが基盤を築き、反対したすべてを勝利の立場で受け継いだということです。

私たち統一教会は、家庭教会をしなければなりません。この家庭教会を通してカインの氏族を一つにしなければなりません。そのカインの氏族をみな一つにして、アベルの氏族圏をつくらずしては、その氏族の基盤の上に父母様を迎えることのできる基盤ができないのです。氏族的天国が現れないのです。その基盤ができたのちには、民族が連結されるのです。氏族圏を中心として民族ができれば、その次からは、民族を中心として国家は縦的に行くのです。相対的です。

一族を収拾するためには、サタン世界に既に広がった五十億の人類を愛さなければなりません。それから救ってあげなければなりません。ですからホーム・チャーチ(家庭教会)の組織はなくなってはいけません。

神様も宇宙的なアベルの立場に立っているので、サタン世界に対して神様に近いすべてのものを犠牲にして、カインを愛さなければなりません。したがって、このカインが神様の息子、娘を愛したのちに、アベルが長子の資格を備えて出てくるとき、神様が愛するようになるというのです。それで祝福して愛するようになるのです。この原理をはっきり知らなければなりません。これは公式です。家庭教会を完成させるには、これを知らずしてはできないというのです。

「統一神霊協会」と言うとき、神霊的なものが何かといえば、堕落していない本郷の世界です。統一された本然の世界を成すことができる協会です。これからは、キリスト教がうまくいきません。これが今日から三十三年はいいですが、将来新しい世界へと越えていくときには、世界キリスト教ではなく、宗教もなくなります。何と言いますか。家庭教会。家庭教会だけが残ります。真の父母を中心とした家庭。この葉も葉同士が家庭でしょう。この葉と葉同士、三つの葉は三つの家族、五つの葉は五つの家族で、これも枝の一家族です。何を中心としてですか。根と芽を中心として。根を神様とすれば、人は芽です。芽と根を中心として、家庭調和の活動をすれば、この木は、無限に大きくなる木になるのです。

これから統一教会に従っていく人々は、私のように悲惨であってはならないというのです。神様の願いがそれです。レバレンド・ムーンのように悲惨であってはいけないというのです。レバレンド・ムーンを苦労させて、苦労を短縮させて、このような悲惨な運命を一度に一箇所で世界を代表して越えることのできるところがあれば、どんなにいいでしょうか。これが神様の願いであり、先生の願いであり、皆さんも願うものです。そのような願いの基準を生涯の目標とし、摂理の目的地にしているのです。そうして現れたのが家庭教会です。ホーム・チャーチです。

アダムの願い、イエス様の願い、先生の願いを解いてあげることのできる蕩減条件を必要とするのが、ホーム・チャーチ(家庭教会)です。

生きている間はとても短いのです。一生がとても短いというのです。私が死ぬまでにこれをすべて突破できるかという問題を前にして、「私の生命をこれくらい延長してくれるなら、私のあらん限りの力を尽くして行こう」と、このように思って行くべき道であるにもかかわらず、皆さんは今、見物人のような姿で歩んでいるのです。ですからホーム・チャーチ(家庭教会)をしなさいというのです、ホーム・チャーチ、ホーム・チャーチという言葉は、一生涯のうちでも、いい言葉でしょう。

世界を連結させる上での条件基盤とは何ですか。それがホーム・チャーチ(家庭教会)です。世界を代表して、三六〇度を中心として方位数全体を代表することのできる地で、三百六十家庭が東西南北どこでも門を開いておいて、私を歓迎できるようにしなければ、あの世に行って引っ掛かるというのです。

今後、ここに妨害となるすべての組織体は、解散させ、全部停止させるでしょう。家庭教会運動が第一です。その次に他のことをするのは、付帯的なことです。ですから、この伝統的思想を全世界の統一教会と、統一教会に従うすべての人の前に、伝授することを宣言するものです。

三 家庭教会の活動展開

  1.宗族的メシヤの資格を賦与する条件

今まで宗教というのは、個人の救いを目標にしてきましたが、統一教会の救いの目標は、氏族の救いだというのです。一度に氏族が救われようというのです。「私は死んで天国に行くのではなく、生きて氏族が天国に入ることのできる公義のチケットをもらおう!」この運動がホーム・チャーチ運動であることを知らなければなりません。

宗族的メシヤというのは何かといえば、イエス様以上の人だというのです。イエス様は宗族的メシヤになれませんでした。そうならなければ、完成時代に父母様の子女になることのできる資格がないのです。そうすることによって父母が誤ったすべてのことを蕩減し、新・旧約の蘇生、長成のすべてのことを、歴史的な全体を総合して、一度に燃やして捧げるためのものが、家庭教会の祭壇だというのです。分かりますか。これを完成させて、勝利すれば、世界も天上世界もどこでも行ったり来たりすることのできるパスポートをもらうことができるのです。

あなた方の家庭がアベル家庭としての役割を果たしましたか。アベルの責任について知っているでしょう。アベルはカインを救うべき責任があります。なぜでしょうか。カインを救わなければ父母様に会えません。それで、統一教会において家庭教会とは何ですか。カインの氏族復帰をしたのちに、自分の氏族復帰をする役事ではありませんか。あなた方は、カインの氏族復帰のために努力しましたか。カインの氏族とアベルの氏族が一つになれなければ、民族圏内に上がることができません。上がる道がないのです。これが原理ではありませんか。原理。

今日、統一教会においては、世界的蕩減、すべての蕩減の版図を縮小して、現実化したのが、ホーム・チャーチです。分かりますか。ホーム・チャーチですから家庭教会でしょう。これを氏族教会に発展させなければなりません。氏族教会を発展させて……。韓国にはそれぞれ姓が多いでしょう。姓を連結すれば、民族教会になるのです。民族教会になり、国家教会時代を経て……。そうなれば、私たち統一教会を中心としてホーム・チャーチを始めたので、氏族圏チャーチが始まり、国家圏チャーチが展開されていくのです。

皆さんの一家、親戚を中心として、皆さんが祝福家庭として立つには、カイン・アベル氏族圏を越えなければなりません。イエス様がザカリヤ家庭、ヨセフ家庭を中心に一つにできず、ユダヤの国とユダヤ教がカイン・アベル国家基準を越えられなかったのと同じように、これを蕩減復帰する運命が、キリスト教の歴史に残っているのです。これを蕩減する基準に立ってこそ、家庭が祝福を受けるようになっているのが、原理の基準なので、「家庭教会を中心としてこれを統合させよ」と言ったのですが、家庭教会を一生懸命にやりましたか。

家庭教会とは何かといえば、氏族です。宗族的メシヤの基盤ですが、その宗族的メシヤの基盤とは何かといえば、イエス様を中心として見るとき、ヨセフ家庭とザカリヤ家庭の基盤です。イエス様が死んだのは、ザカリヤ家庭のゆえです。ヨセフ家庭を中心として、一つになれませんでしたが、ザカリヤ家庭を中心としても一つになれませんでした。ザカリヤ家庭を知っているでしょう。洗礼ヨハネの家庭のことです。洗礼ヨハネとは誰かといえば、イエス様と兄弟です。腹違いですが、兄弟なのです。

絶望の呻吟も笑いによって消化することのできるものとは、何ですか。家庭教会だというのです。家庭をホームと言い、チャーチは教会でしょう。ですから皆さんが帰るときには、皆さんの故郷に帰らなければなりません。皆さんのお母さん、お父さんの前に帰らなければなりません。お母さん、お父さんの前に帰って、ホーム・チャーチ運動をしなければなりません。

皆さんはもう二十年もかかりません。あっという間にできる時です。それで四十カ国の代わりに東西南北四カ国に通じなさいというのです。四カ国に行って、血と汗を流し、精誠を尽くさなければなりません。四カ国を通過せよというのです。そうしなければ、アメリカ人はアメリカ人の観念を離れることができません。ですから、東洋でもどこでも、遠いところ、できるだけ遠いところに、端から端へと、東西南北の端を経なさいというのです。何のことか分かりますか。白人の霊たちが今までどんなに地上に来ることを待ち焦がれたでしょうか。今まで来ては逝った善なる人生を送った良心的な霊たちが、地上に降りてくるのをどれほど待ち望んでいるかというのです。そうするには、自分の一族が縁を結ばなければなりません。それでホーム・チャーチ・システム(家庭教会組織)が展開されるのです。これによって世界のいかなる霊も自分と関係のあること、専門分野、経済なら経済分野の学者を中心に世界の各国、百二十カ国以上の霊たちが自由に活動できる基地になるというのです。それでホーム・チャーチが絶対に必要だというのです。さらにアメリカのような所では、三百六十軒の中で百二十カ国以上の種族がいるかもしれません。また各国の中にあるすべてのホーム・チャーチを中心として見るとき、人によってみな違います。黒人のような人、イギリス人のように傲慢な人、ドイツ人のようにこだわりの激しい人、みないるというのです。そのように考えなさい。アメリカ人のように個人主義的な人もいるのです。

統一教会が一九七八年から主張してきたこととは、伝統を受け継がなければならないということです。伝統とは何の伝統ですか。神様の復帰摂理の心情の伝統を受け継がなければなりません。その次には先生がこの伝統を立てるために歩んできた、六十年の生涯のすべての心情を、皆さんが受け継がなければなりません。これを受け継ぐことのできる一つの足場(土台)がホーム・チャーチであり、その運動が家庭教会運動だというのです。
家庭教会をもたなければ、将来天の国に行くとき、先生についていくことができません。将来、家庭教会が全世界的に二十四万くらいになれば、全世界の人類に対して配置するのです。完全に教会はなくなるのです。韓国人は将来、家庭教会に配置される恵沢圏内にいるのです。まだ世界の至る所に家庭教会の配置がされていないので、大移動、民族大移動をしなければなりません。家庭教会に配置されるために、ここからアフリカに行かなければならないし、これから全世界へ大移動する時代に入るのです。

原理を見れば、同時性時代に関することが出てくるでしょう。そこを見れば四十数に関することがみな分かるでしょう。四千年の代わりの四百年、四百年の代わりの四十年、四十年の代わりの四十日、そこで一週間という七数は復帰摂理の中心数です。このような問題をかけて、私たちが自分の生命の道を開拓するには、蕩減条件が絶対的に問題です。
四十日ずつ三年やれば、百二十日になります。三年やれば三・四、十二(三×四=十二)、百二十日ではありませんか。百二十日を埋めていくのです。日本は、明治維新以後百二十年です。サウルとダビデとソロモン王で百二十年です。これは重要な一つの峠を越える過程です。
ですから三年を中心として特別にこのことをしなければなりません。断食しながら四十日間の活動を展開しなければなりません。昔は出ていって活動しましたが、今は自分の故郷に帰って、このことをしなければなりません。ホーム・チャーチ内でしなさいというのです。

私が今回指示したこととは何ですか。「二世をもって故郷復帰しなさい」と言いました。まとめて故郷に帰るのです。これが統一教会でいう家庭教会の理念を代表することのできる二世を連れて、皆さんの故郷に帰るのです。一人が十名、二十名の若者を連れていって、「死ね」と言えば死に、「生きろ」と言えば生き、二十四時間その部落を掌握してどんなことをやっても、その町(村)の人々は反対できないでしょう。
お母さん、お父さんもそうです。これからは文総裁に反対できない環境へと、世界がだんだん押されていくのです。「いい」と言うようになっています。あっという間に回っていくのです。

  2.訪問、奉仕、教育など多様な活動を展開

今まで長年の間活動してきたホーム・チャーチ(家庭教会)がなくなったのではありません。ホーム・チャーチ基盤はカインの基盤であり、自分の一族はアベルの基盤です。ホーム・チャーチの基盤で涙と血と汗を流した功績をもてば、自分の一族は自動的に回っていきます。ホーム・チャーチを通して百名さえ伝道して自分の一族のところに行けば、「英雄の息子が帰ってきた」と言って、その村が一朝一夕にして一度に復帰されるのです。闘った経歴を報告するのです。他のことをするなというのです。三百六十軒をみな配当しなければなりません。

「党の責任者だ」と言いながら勝手にやっていた人が、今まで冷遇した人に、反対にあいさつをしなければならないというのです。そのようになったとき、その親戚たちがいいでしょうか、悪いでしょうか。同じです。家庭教会三百六十軒、妻の側まで七百二十名を率いて自分の村を訪ねていくのです。その町で住んでいた七百二十名の中には、ちょっとした者がいないでしょうか。一族を率いて宴会を開き、トラックにプレゼントを積んでいって分けてあげれば、一朝一夕にしてすべてきれいに整理できるのです。この話をどうして話すのですか。皆さん一人を中心として百人をつくりますか、千人をつくりますか、一万人をつくりますか。みんな「一万人をつくる」と言えば、人が足りないのです。それも事故です。雰囲気を見ながら他の人が食べるのも(やるのも)ちょっと残しておいてやらないと……。早くしないで、みな平均的にしなさいというのです。一つ一つしっかり食べなさい(やりなさい)というのです。分かりましたか。

七月三日から九日までに先生は七万三千の里、統の支部長たちにみな先生の写真を与え、統一教会の旗を与えたでしょう。それがみな生きていますか。死んでいますか。考えてみなさい。先生が家庭教会を発表して十四年になります。天の三百六十軒を探せ! 探せというのです。家庭教会を成すことができなかったら、自分の故郷を訪ねていかなければなりません。三百六十軒ならそこに大統領もあり得るし、内務長官もあり得るし、外務長官もあり得るし、外交官もあり得るし、学者もあり得るし、先生もあり得るし、僕の子供もいるでしょう。
その町を訪ねていけば、その町以上のものが、すべてそこにあるというのです。その人々が訪ねてきて、「あなたの家のなにがしという方が、私たちを救ってくれた救世主です」と言うとき、お母さん、お父さんや町内の人々が目をぱちくりさせながら、見物するでしょう。そして頭を下げるでしょう。

統一教会の食口全体が原理の本三十冊を買って、毎日一日に一冊貸してあげなさいというのです。それを一週間ずつ貸してあげれば、三・四、十二(三×四=十二)、百二十軒に分けてあげることができるのです。この百二十軒を中心としてその本を読むと考えてみなさい。切なる紹介内容をつけて分けてあげるのです。それを読ませ、その次にビデオ・テープを貸してあげるのです。自分が住んでいるところで、これから統班撃破運動をそのようにしなさいというのです。ホーム・チャーチ運動を続けながらです。
そうなれば創造原理を講義するときは、誰でも本をもってきて創造原理を聞くのです。本を中心として簡単に序論式にその内容を講義するのです。そうなれば、本を中心として自分たちが講義する内容に合わせながら、全部やっていけるのです。

皆さん、最近ホーム・チャーチをやりながら反対されませんか。「私にはあなたは要らない。要らない」と言っても、また行くのです。「来るな」と言ってもほうきを持っていって、庭でも掃いて、雪が降れば雪を片づけたり、いろいろやるのです。溝に水があれば、溝も片づけるのです。それなのにその主人が「あの、私が嫌だというのにどうしてこうするんですか」と言ってけんかする日には、町内の人々が「こいつ、何だって言うんだ」と言って代わりに闘ってくれるのです。このようなことがいくらでも起こるというのです。それがどれほど素晴らしい闘い方でしょうか。そんなことが起こるのです。どうしてそうなのでしょう。

もう一つ話すことは、これから会社に戻っても五時になりさえすれば、みな工場から出てくるのです。ですから工場を中心としてホーム・チャーチ組織、家庭教会組織をすべてもたなければなりません。それで個別的な活動基盤を中心として、霊の息子、娘から氏族編成をしなければなりません。それが発展する原則です。人を育ててこそ自分が成長するのです。人を育ててみなければなりません。

では、これから皆さんが三百六十軒のホーム・チャーチをつくるのに、誰が歴史時代に初めてやって、先生、お母さん、お父さんを迎えることができるでしょうか。そのようなホーム・チャーチが韓国の地から出てくるか、アメリカの地から出てくるか、日本の地から出てくるか、イギリスの地から出てくるか。「家庭教会ナンバーワンはコリア!」、こうならなければならないというのです。考えてみなさい。皆さんは足が長くてこうやって歩きますが、韓国人たちはダダダダ……。歩くのに背が高くてこのように、目が丸くて四方を見て「ウー」と言いますが、韓国人たちは背も低く、目も小さくて、一箇所だけに集中して行くのです。それなのに、彼らに勝てると思いますか。自信がありますか。

これから皆さんは、家庭的に愛をもってサタン世界を攻撃するのです。家庭をもって腐敗したサタン世界の人々を攻撃するのです。それでこの自由世界の腐敗した動物的な家庭をみなけ飛ばしてしまうのです。みな壊してしまわなければなりません。全部そうだと彼らが滅びながら、「ああ、私は滅びる」と言うのではなく、滅びながらも泣くのではなく、喜ぶというのです。「わあうれしい。わあうれしい」と言うのです。何のことか分かりますか。そのような時が来たのです。
それで皆さんが一度に家庭を動かすことができ、氏族を動かすことができ、民族を動かすことのできるホーム・チャーチ運動をせよということを私が言ったのです。ホーム・チャーチ、分かりますか。これさえ終えれば、これさえ築かれれば、世界が引っ張られていくことができる、これさえ成せば、「天国を私が成すことができる」と言うことのできる時が来たというのです。

父母様と心情一体にならなければなりません。世界を救うためのその痛烈な心をもって、一生を経て克服したこのすべてのことを皆さんは、七年間でできるのです。七年もかからないでしょう。これからはむごく反対されるとしても七年もあれば終わるのです。先生がやってきたように精誠を尽くせば、七年以内に皆さんは家庭教会をきれいに終えるというのです。それは何を意味するのでしょうか。世界問題が七年後にみな終わるということです。全世界に統一教会のメンバーたちが、これから広がって三百六十軒さえやれば、簡単だというのです。ですから精誠を尽くして、これを築くのです。

韓国全域を四千万と見て、家庭教会を組織すれば、家がいくつですか。約六百万ですか。五・七、三十五(五×七=三十五)……。八百万! 八百万ですから、一人が三百六十軒ずつすれば、二万二千、そうでしょう。食口が二万二千ならば、このホーム・チャーチ(家庭教会)組織はすべて終わるのです。難しいことではありません。それでホーム・チャーチの責任者から一代、二代、三代と続けて伝道していけば、千名、二千名、数千名がホーム・チャーチ運動をやるようなことが起こるのです。

勝共連合の全国組織がさっとできて、自分の家庭に入って教育するようになるのです。文総裁が家庭に入って教育していますか。割り当ててあげて、やるのです。ホーム・チャーチ(家庭教会)組織に連結させるための作戦です。ホーム・チャーチ基盤さえきちんとできれば、班に十軒、二十軒ありますが、三百六十軒ですから、一人が十五軒ずつ責任をもって活動するのです。二重三重にやるのです。

私たち統一教会の目的とは何かといえば、家庭教会を成すことです。それが目的なので、その家庭教会三百六十数に該当する班を昼も夜もみな……。原理の本があり、勝共理論があり、統一思想があります。私たちの教会のすべての材料がみな待っているので、早く訪ねていってホーム・チャーチ、家庭教会活動と共に勝共連合の統、班編成を中心としたこのような、何の教育ですか。それを何と言いますか。班常会(注:班で毎月もたれる例会)教育、それで家庭家庭を中心として父母様の家庭の四位基台、自分の家庭の四位基台が完全に一つになって、天下が反対し、世の中が反対するとしても、分かれることができないという愛によって結ばれるようになるときには、そこから超国家的な天国が出発するということを知ったので、このことをしなければならないのです。

先生が今まで四十年間闘ってきたすべてを総合して、決算することのできる決算場がホーム・チャーチです。ですから皆さんがホーム・チャーチを一生懸命にするために、教会長がいれば教会長に、「きょうは、私はホーム・チャーチのために教会に行けません」と言うときは、「教会に来なかった」と言えないというのです。ホーム・チャーチ第一主義時代です。
ですからホーム・チャーチがこれからどんなチャーチになるべきかといえば、皆さん自身のホーム・チャーチが氏族チャーチにならなければなりません。家庭教会ではなく、これから氏族教会に発展していくのです。皆さんが氏族教会さえ連合すれば、金氏、朴氏という民族は自然に生じるのです。そうじゃありませんか。金氏、朴氏、文氏、おびただしく氏族復帰の基盤さえできれば、国家は自然にできるのではありませんか。そのようになるのです。氏族教会、民族教会、国家教会、世界教会、天宙教会、そのように連結されるのです。

宗族的メシヤは、カイン、アベル二つの族属を抱かなければなりません。イエス様を中心として見るとき、ヨセフ家庭とザカリヤ家庭と同じです。これらの家庭が一つになれなかったことによって、イエス様が死んだのと同じように、今は家庭教会と氏族教会が必要だというのです。いつも同じです。ヨセフ家庭とザカリヤ家庭が一つとなったその上に、イエス様が立つのです。その宗族的メシヤを迎え、国家的メシヤを迎えれば、復帰です。ですからホーム・チャーチ(家庭教会)はカイン的教会として、宗族的メシヤの基盤であり、アベル的教会は自分の一族です。この二つを合わせなければなりません。そうしてこそ宗族的メシヤの使命が終わるというのです。これから氏族と完全に一つになるのは問題ありません。そして外部的にも問題がない時が来たというのです。

今は世界的な時です。その時は国家的な時でしたが、今は世界的な時です。イエス様を中心とした国家的な時を蕩減復帰して、解放されたので、迫害のないところにおいて、世界的な基準を中心として宗族的メシヤになるのです。宗族的メシヤとは何ですか。家庭教会ではありませんか。家庭教会をつくって、全部やったなら、宗族的メシヤがどんなにいいでしょうか!
これからは自分の霊の息子、娘たちをみな連れて、教育しなければなりません。親族です。霊的な信仰の息子、娘たちを中心として一つになって、宗族的メシヤ圏を復帰することによって、霊界の他の族属たちも後援するのです。そうなれば、連合的前線が展開されるのです。

 四 三百六十軒家庭教会完成

  1.三百六十軒の数理的な意味

ホーム・チャーチとは何ですか。家庭教会とは何ですか。すべての歴史時代の摂理を中心として国境とか社会制度をすべて捨てて、家庭教会の中で一つになれば、すべてのことを復帰するのです。
三百六十家庭は三百六十族属です。それをなぜやるのでしょうか。三十六とは、十二数の三倍です。そうでしょう。十二数というのは、天理の度数です。これは霊界の十二真珠門をいうのです。三十六家庭数と同じだというのです。旧約時代、新約時代、成約時代の三段階の運勢を連結させることができるのです。それは天道を解くためにすべて出てきたのです。

家庭教会の祭壇は三百六十軒です。この三百六十軒の数理的意味は、すべての数理的価値を象徴した内容です。三百六十軒は原理的な数として、ここに数理的意味がみな入っているのです。三百六十数は、三十六数の拡大数として、三十六と同一の意味です。三十六数は十二数が三つ合わさった数であり、十二数は三数と四数を掛け合わせた数です。
ですから三数、四数、十二数、三十六数、百二十数、三百六十数を含めた数理的意味があるのです。旧約時代十二数、新約時代十二数、成約時代十二数を代表するので、三十六数は全歴史を意味します。そして三百六十数は立体的な内容を含んでいます。ですから東西南北の四方を意味し、三六〇度を中心とした立体的な内容も備えていて、そこには春夏秋冬の四季があり、十二カ月を含んだ数であり、百二十カ国まですべて入っています。
ですから三百六十数の復帰は、世界復帰だけでなく、歴史的な蕩減路程の完成を意味するものであり、神様が失った全被造世界と全歴史、全人類を探し立てる重要な意味がすべて含まれているのです。

家庭教会三百六十軒は、まず区域が選定されなければなりません。三百六十軒家庭教会の祭壇が確定されなければ、原理的な意味がなくなり、霊界が地上再臨できる条件的な祭壇になることができません。ですからまず三百六十軒の祭壇を確定することが重要です。三百六十軒の祭壇が優先的に確定されなければ、家庭教会の意味が立てられません。
三百六十軒家庭教会の祭壇で勝利するには、血と汗と涙を流さなければなりません。三百六十軒を完全に復帰し、勝利すれば、先生の勝利の栄光を伝承してもらえるのです。言い換えれば、神様の復帰の心情を蕩減復帰する立場に立たれた先生の立場に立ててくださる条件なのです。

私たちがやるべき三百六十軒家庭教会は、カイン型天使世界に該当します。このカイン型天使世界である三百六十軒家庭教会を成功させれば、アベル型天使世界である自分の氏族は自動的に復帰されます。
三百六十軒家庭教会を伝道すれば、カイン型天使世界の宗族的メシヤになり、その次に自分の氏族から歓迎され、アベル的宗族的メシヤになるのです。
私たちの地球星を中心としてどこに行ってもホーム・チャーチが成されなければなりません。
どこでも三百六十軒のホーム・チャーチ運動をしなければなりません。それは氏族です。特定氏族です。氏族を解放しなければ、特定氏族が生じ得ません。これは元来、三次七年路程が終わってやることです。そのことを三次七年内にやっているということを知らなければなりません。皆さんには夢のような話ですが、事実なのです。

  2.家庭教会は摂理の終着地

このようなことを宣布することができるということは、摂理史において、偉大な飛躍だというのです。では、家庭教会で勝利すれば、皆さんは何になるのでしょうか。その時にはメシヤになるのです。メシヤ。宗族的メシヤになって、民族に対してもその民族を救うことのできる責任者になるのです。
皆さんがどのように完成するのでしょうか。皆さんには父母がいて、息子がいて、万物がありますが、家庭教会はこのようなものを拡大したものです。アダムが堕落することによって、この三つを失ってしまいました。ですから、この三つを一度に取り戻して、神様の前に捧げなければなりません。失ったものを取り戻して真の父母を通じて神様の前に捧げようというのです。
それで神様を経てこなければならないのです。失ったものを取り戻して、神様のものになってから父母から再び相続しなければなりません。そうしてこそ皆さんの家が生じ、皆さんの世界が生じるということを知らなければなりません。その土台がホーム・チャーチです。これは何かといえば、祭物です。これは一つの祭壇です。ここで三大祭物を捧げるのです。

家庭教会は私たちの定着地である! いったい家庭教会とは何でしょうか。ホーム・チャーチは統一教会が迫害の歴史においてレバレンド・ムーンを中心として、すべての歴史的蕩減基準、すなわち個人蕩減世界的基準、家庭、民族蕩減世界的基準、国家蕩減世界的基準、天宙蕩減世界的基準の蕩減路程において、チャンピオンの継承権をなして、全体勝利した承認を受け、決定してきたものです。ホーム・チャーチにおいてのみ初めて、すべての蕩減条件を脱いで定着することができるのです。

アメリカを失い、地球星を失ったとしても、真の愛をつかんでいれば、神様が私のものになるので、天の国が私のものになり、自動的に地球星も私のものになっても余りあるというのです。その結論が間違っていますか。合っていますか。それでは、皆さんに何の心配がありますか。「ああ、私は家庭教会が嫌だ」と言って大変なのです。真の愛は、難しいほどその価値がもっと大きいというのです。

地上で生きている間に、家庭教会運動を一生懸命にやるのが、福を受ける道です。人生は短いのです。

統一教会で絶対に必要なものがありますが、それは何かと言えば、ホーム・チャーチです。ホーム・チャーチが出てくるまでは、先生でしたが、父母様でしたが、ホーム・チャーチが出てきたあとは、ホーム・チャーチ完成が絶対的だというのです。これを成してこそ父母様も私の父母様になるのであり、父母様の世界になるのです。父母様の天国が私の天国になるのです。父母様の愛が私の愛として伝授されるのです。

ホーム・チャーチがなければ、天国が成されません。ホーム・チャーチがなければ、すべてのことができないのです。ホーム・チャーチは天国の基地です。天国はどんなところですか。天国というところは安息するところであり、幸福が宿るところであり、愛が宿るところであり、平和なところです。

キリスト教が、救いがあって何がどうですって。統一教会を離れては、生命的救い、永遠の愛を中心とした因縁的救いはありません。それで先生が還故郷の道を築いて、自分たちをみな立てて還故郷をして宗族的メシヤ宣布をさせたのです。それを私がいつから教えてあげましたか。そのためにはカイン・アベルの関係を収拾しなければなりません。
ホーム・チャーチ、家庭教会をいつ話しましたか。七年の歳月です。やりましたか、やりませんでしたか。「やる」と言ったのが成功しましたか。台風が吹いてきて、自分の足が切られ、首が落ちたとしても、やらなければならないのです。

家庭教会の任務を任された人は、歴史的な最終の、マラソン大会で言えば最後のマラソン選手と同じなのに、「国家代表のマラソン選手として立って、ただ汗をかくから汗を拭き、汗を流さずに走り、汗をかけばうちわであおぎ、コーラも飲んで、適当に楽に行けばいい」と言うのと、走るのに、ひたすら汗を流し、死んで倒れたとしても最後まで行くのと、どう違うでしょうか。
神様はチャンピオンの後ろにいて見えませんが、サタン世界では「この野郎! 倒れろ! あの野郎、倒れろ! こいつめ、飯食って行け! こいつめ、休め!」と言って、すべて反対するのです。
霊界が見えますか。神様が見えますか。世界が行ったり来たりする中で、天と地が応援し、「もっと走れ」と言っても、それを聞くことができないのです。その反面、サタン世界でそれに反対して、「ああ、神様がなんだ。こいつめ! お前、飯食って走れ! 休んで行け! 車に乗って行け。歩いてどうするのか。ああ、あれは何だ」と言うのです。決勝点に行って、勝つまではサタンも関与できないのです。

私が帰ってくれば、国家が歓迎しなければならないのです。今は歓迎することができる時なのです。けれどもそれができないので、私が男たちに責任を追及するのです。私が十四年前から「家庭教会をしなさい」と言ったでしょう。けれども誰か一人でもそのようにした人がいましたか。
それをやるのに十四年かかりました。一九七八年から家庭教会を語ってきたし、統班撃破を始めてもう七年がたったのに全部失敗しました。教会が存在するのは、国と世界のためです。それなのに皆さんは、自分の家庭と自分だけにしがみついて、教会はみな後回しにしてしまったでしょう。

頂上クラブをつくって、世界最高の頂上たちに会うのです。アメリカのブッシュ、ソ連のゴルバチョフ、中国の江沢民を教えた�小平等々……。みな今まで隣の家の暮らしでもするかのように乞食のようにやってきたというのです。何ですか、これは。てっぺんに火をつけて飛び出して来れるようにしてこなければなりませんでした。そうすれば私がこのことをしなくてもいいのです。
ホーム・チャーチ、家庭教会をすべてやっていたら、このことをやらなくてもいいのです。個人が行ってでもみな教育しなさい。分かりましたか。荒野路程のその受難生活はもういけません。そこで勝たなければなりません。このような輩たちを屈服させなければなりません。