第2章 氏族的メシヤのみ言
メシヤの使命(1)
今まで、6000年の歴史は誰を探すための歴史か?一人の個人を探すための歴史です。個人の中でも誰?男性一人を探すために、今まで神様が苦労の代価を払ってきた歴史です。しかし、一人の男性を探したてたとしても、その一人の男性が天の頂上に立てられるのではありません。この立場に立てられます。この立場に立っていますが、神様が降りて来られる時、妨害を受けないように立てられた立場に立っている一人の男性を探して来たのが、今までの歴史であることを皆さんは知らねばなりません。
主様がこの地上に来られる時、その主様がこの地に来られるために、6000年前の堕落したその日から始まって蕩減の歴史、復帰の歴史を経なければならないのです。そして、6000年の末に一つの心情を探さねばなりませんが、その男性は天から降りて来た人でなければならないのです。この主様が天から降りて来るようになる時は、世界的なサタン、国家的なサタン、民族的なサタン、氏族的なサタン、の与件を全部清算する基盤の上で現れなければならない。その一人の人が現れれば、その一人の人は世界に行くことができる蕩減の道を築いてきた立場なので、その方が天に戻っていくにおいては、サタンが讒訴したり、防いだりすることができないのが原則です。そのような理由で、再び戻っていく道を作るために、神様が今まで苦労されて来られたこと、そして、その中心思想がメシヤ思想であることを皆さんは知らねばならないのです。
メシヤが、この地上に来るときは、神様の協助を受けて、蕩減の歴史と苦労の経路を経た後に来ますが、戻って行くときは自由に戻ることはできないのです。では、どうやって戻っていくのか?個人として家庭を連れて戻っていかねばならないし、家庭だけを連れて行くのではなく、氏族も連れて行かねばならないのです。氏族だけではなく、民族と国家を連れていかねばならないのが、メシヤの使命であることを皆さんは知らねばなりません。来るときにも、苦労の中で来られますが、行かれる時は神様の協助を受けずに、神様を代身して苦労の責任を背負って開拓しつつ行かねばならないのです。なぜ、そうしなければならないのか?堕落したためです。その堕落が誰のためにしたのか?神様のせいではなく、アダム・エバが責任を果たせずに堕落したのです。それによって6000年の歴史が滅茶苦茶になってしまったので、そのアダムを代身して来られる主様は、これを解く仕事をしなければならないのです。
(1971.5.5.受難の頂上で)